あさぎり夕の現在の経歴!少女漫画からいつBLに転向?理由が意外だった!

ベテラン漫画家のあさぎり夕さんが2018年10月27日に亡くなられていたことが報道されました。

重い肺炎を患っておられ、まだ62歳だったそうであまりにも早すぎる逝去で残念でなりません。

あさぎり夕さんは80年代に少女漫画雑誌「なかよし」で人気漫画家として長らく活躍した後、現在はBL小説家に転向されて活動を続けていました。

少女漫画で絶大な人気を誇っていたあさぎり夕さんだけに、なぜ違うジャンルに転向されたのか気になるところです。

転向した時期や理由について調べてみました。

あさぎり夕のプロフィール

あさぎり夕

  • 名前:あさぎり夕(あさぎり ゆう)
  • 本名:高野 夕里子
  • 生年月日:1956年7月21日-2018年10月27日(62歳)
  • 出身:東京都
  • 職業:漫画家、小説家

かなり昔から少女漫画で有名な先生だったので、ご高齢な方かと思っていたらまだ62歳だったなんて驚きでした。先日も「ちびまる子ちゃん」で人気のさくらももこさんも亡くなられたばかり

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漫画家の先生が若くして逝去される報道が続き、残念でなりません。

漫画家・あさぎり夕の経歴

あさぎり夕さんは、初めて漫画投稿を始めたのが中学2年の時だったそうです。

それから投稿を続けて1976年、20歳の時に講談社の第12回なかよし・少女フレンド新人漫画賞に「光めざして飛んでいけ」が入賞したことでデビューしています。

最初は少年漫画が好きで石ノ森章太郎先生に憧れ、SFものに挑戦しては動きを描くのが難しくて悩んだりしていたそうです。

また編集者のアドバイスで読者受けの良い学園もの等に挑戦するも、違った難しさでうまく描けない時期が続いたとか。

あんなにカワイイ少女漫画作品を量産していたあさぎり夕さんからは想像がつかないエピソードですね。

こちらの動画では珍しく顔出しで、大御所漫画家の里中満智子さんのインタビューに答えられている貴重な動画なのでぜひ見てみてください。

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あさぎり夕の主な少女漫画作品

今回の訃報を受けて、SNSではあさぎり夕さんの作品で育った読者の方々が代表作をたくさんアップしていますね。

https://twitter.com/haguku/status/1058274128006852609

https://twitter.com/m_f_kou8/status/1058287265221304320

●青い宇宙のルナ(自身初の単行本)(1979年)
●花詩集 こでまりによせて(1979年)
●わたしの恋は星まかせ(1980年)
●きらら星の大予言(1981年)
●あいつがHERO!(1981年)
●あしたからのHERO(1984年)
●こっちむいてラブ!(1982年)
●アップルどりいむ(1984年)
●あこがれ冒険者(1985年)
●なな色マジック(1986年)
●アイ・Boy(1988年)
●卒業写真(1989年)
●ミンミン!(1990年)
●コンなパニック(1991年)

描写力がありカラーイラストも綺麗でストーリーも面白い。

そしてあさぎり夕さんが描く男の子がカッコいいと当時は大変な人気がありました。

あさぎり夕がBLに転向したのはいつで理由はなぜ?

王道の少女漫画で活躍している印象が強かったため、「あさぎり先生がBLを描いてるのを知らなかった!」という声が多くみられました。

あさぎり夕さんの主な少女漫画作品は1990年代の前半で止まっています。

作風の大きな転換となったのは1994年に『月刊コミックNORA』で「ミッドナイトパンサー」というお色気系の要素を取り入れた少年漫画作品を「朝霧夕」名義で発表。

かなりの路線変更に世間は驚きましたが、本人曰く「本性を表しただけ」と語っています。

いつから作風の方向転換をする気になったのか調べたところ、あさぎり夕さんが「本性を表した」とカミングアウトした通り、少女漫画でデビューする前からこっちの路線でやりたいと思っていたそうです。

最初の雑誌編集部への持ち込みの時にボーイズラブ漫画を持って行ったところ「このような作品は理解されません」と否定されたのだとか。

現代ではBL作品はかなり認知されてますが、1970年代ではとてもメジャー誌で連載できるジャンルではありませんでした。

1980年に少女漫画で竹宮恵子さんが『風と木の詩』を発表した時もかなりセンセーショナルでしたから時代が早すぎたんでしょうね。

あさぎり夕さんは少女漫画で一時代を築いて時代が追いついたため、元からやりたかったジャンルに進出したと語っていました。

その後は自らBL漫画を描く時期を経て、原作を手がけるようになりBL小説家として現在まで活躍されていました。

今では少女漫画家時代を知らない世代にも人気のある小説家です。

少女漫画から少年漫画、BL漫画・小説家と、同じ書くこととはいえ違うジャンルで、しかも一線で活躍されてきたとはすごい才能の持ち主ですよね。

描くことと書くことは結構頭の使いどころが違うと思うのですが、ご自分で書いた小説に自分で表紙イラストを描いてしまうというマルチな才能もみせています。

小説家としての活動の方がメインになっていった背景には、自身の視力の低下に伴い描くことに限界を感じ始めたからとブログで告白されていましたが文章で創作することだって誰でもできることではありません。

そしてよく考えてみると、決してやりたいことではなかった王道の少女漫画であれだけの人気作品をたくさん描いてきたことの方がすごいのかもしれません・・・。

改めてすごい作家さんだと思い知らされますね。

漫画家としてデビュー以来、42年もの間書き続けてたくさんのファンと作品を残したあさぎり夕さん。
心よりご冥福をお祈りいたします。

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