10月1日に京都大学の本庶佑(ほんじょ たすく)特別教授がノーベル賞を受賞という嬉しいニュースが入ってきました。
本庶教授は免疫の働きにブレーキをかける「PD-1」というタンパク質を発見し、がんの最新治療薬の抗がん剤「オプジーボ」の開発につなげた功績が認められ、見事ノーベル賞の医学生理学賞を受賞となりました。
本庶教授は76歳。同じくノーベル賞を受賞している、あの山中伸弥教授がお会いすると背筋が伸びる思いがする、今までノーベル賞を受賞していなかったのが不思議なくらいの方だと尊敬している人なんだそうです。
そして記者会見で語られた言葉の数々が名言だと話題に。
その内容やどんな思いで研究をしてきたのかまとめました。
本庶佑教授の会見の中で語られた名言
記者会見でも目力強く、はっきりとした物言いで、ただ者では無い雰囲気を醸し出していた本庶教授。
研究に対する姿勢が厳しいことでも有名な方なんだそうです。
会見でも印象的な名言が次々と語られました。
研究に対する姿勢がストイック
本庶教授が研究する上で大切にしていることは、
「なにか知りたいという好奇心」と
「簡単に信じない」こと。
よくマスコミの人は「ネイチャー、サイエンスに出ているからどうだ」という話をされるけども、僕はいつも「ネイチャー、サイエンスに出ているものの9割は嘘で、10年経ったら残って1割だ」と言っていますし、大体そうだと思っています。
まず、論文とか書いてあることを信じない。自分の目で確信ができるまでやる。
それが僕のサイエンスに対する基本的なやり方。
つまり、自分の頭で考えて、納得できるまでやるということです。
なんでも鵜呑みにしないで、自分で考えて確かめることがモットーだと語っています。
将来、研究の道に進む子供達に対してのメッセージは?
研究者になるにあたって大事なのは「知りたい」と思うこと、
「不思議だな」と思う心を大切にすること、
教科書に書いてあることを信じないこと、
常に疑いを持って「本当はどうなっているのだろう」と。
自分の目で、ものを見る。そして納得する。そこまで諦めない。
と明言。
教科書さえも鵜呑みにせず、本質を問う気持ちを持つことが大事なんですね。
様々な研究が発表される中、常識とされていたこともすぐに覆るサイエンスの世界ですが、これは研究の世界だけじゃなく何事も『これは絶対正しい』ということはほぼ無いと思って、自分で考える力を常に持つというのはハッとさせられます。
ネットに情報が溢れる現代社会では特に大切なことなのかも知れません。他にも、
「一生をかけるなら、リスクが高くても自分がやりたいことをすべき」
「研究とは何ができるかではなく何が知りたいかを大事にしてほしい」
「できることばかり追いかけてると何がやりたいか目標を見失う」
など、生き方や物事に取り組む姿勢や在り方に通じる言葉が多いですね。
研究に対する思いが粘り強くてシンプル
本庶教授が研究している分野はいわゆる基礎研究と言われ、地味でとても時間のかかるものです。
「基礎は地味で目立たない。だけど疎かにすると、その先にある成果を得ることは出来ない」
「生命科学の分野はとにかくできるだけ多くの研究の種を蒔いておくこと」
「生命科学はどの研究が実を結ぶかはわからない。
一見役に立たない、すぐに結果が出ないように見えても無駄ではないので色んな分野やパターンに挑戦するべき。
だから教科書に書いてあることも正しいとは限らない。まず疑うこと」
と説いています。
「PD-1」というタンパク質が発見されたのが1992年。それから今日まで研究を続けてきての成果ですから言葉の重みが違いますね。
諦めないで続ける姿勢は大切なんだなと考えさせられます。
本庶教授が選んだ道は「多くの人を助けられる」こと
本庶佑(ほんじょ・たすく)の経歴
本庶教授は1942年1月27日生まれの京都府出身です。
子供の頃は弁護士や外交官になることも夢見ていましたが、選んだのは父親と同じ医学でした。
選んだ理由が「弁護士より医師の方が多くの人を助けられる」と思ったから。さすがですね。
幼い頃にネイティブスピーカーに英会話を学ぶなど英才教育を受けていたそうです。
1960年には京大医学部に進学。
進学後は、自分で治療法を見つけられたら貢献度は大きいからと、臨床医ではなく研究医の道に進みます。
当時から本庶教授の頭脳明晰さは有名で、同期の学生からは学生の中に先生が混ざっているような感じだったと言われるほど。
1974年に東京大の助手に就任すると、大阪大に引き抜かれて37歳という異例の若さで教授になりました。
あえて難しいテーマを選ぶ
1974年に米国留学で、抗体遺伝子と免疫分野の研究をしていた本庶教授。
日本の研究体制では難しい環境だとわかっていながら「一生を懸けるなら、リスクが高くてもやりたいことをやるべきだ」と帰国後はあえて難しいテーマ「クラススイッチ」を選びます。
これは体内でさまざまな種類の抗体を作り出す作用で、1984年に京大に移ってからはこれらの免疫分野の研究で大きな成果を上げ、1992年にオプジーボの原型となる「PD―1」という分子の発見に至りました。
今回注目されている、画期的な抗がん剤として有名な「オプジーボ」ですが、実際の治療薬候補が完成し治験が始まったのは2006年ですから、実用化までに約15年かかっていることになります。
開発当初は「免疫療法は効果が弱い」とか「手術で切った方が早い」という風潮で製薬会社も新薬の開発には消極的だったといいます。
時間もお金も相当かかることですから致し方ないとは思いますが、周りや製薬会社を説得し、研究をやり遂げた本庶教授のバイタリティーが本当に凄いですね。
本庶教授の言葉や歩いてきた道を見ると、とにかく粘り強い、諦めない、多くの人を助ける治療薬を作りたいという思いの強さが見て取れます。
発明や発見は偶然からなるといいますが、長い時間をかけて地道に研究してきた本庶教授のような人がいてこそ成り立つものですよね。
本庶教授の含蓄ある言葉の数々、ぜひ見習いたいです。